Kinari

Once in a blue moon 12

着いた空港は深夜だというのに結構な人がいて、なんだか気後れしてしまう。
普段全くと言っていいほど空の便を使わないなら空港自体に不慣れで、どこをどう歩いているのか分からない。
そんな私の耳に、「マズイな…」と周助の声が響いた。

「出発の30分前まであまり時間がない。」
「…どういうこと?」
「大体、出発30分前には搭乗ゲートに行っていなきゃいけないんだ。そこには勿論チケットがないと入れない。つまり、間に合わないと手塚に会えないってことだよ。」
「……、」

思わず深い息が漏れる。

───ここまで来て会えないなんて、そんなことになったら一生後悔するわ…。

縋るような気持ちで周助を振り仰いで。

「急ごう。」

真摯な面持ちで答えた周助は、私の返事を聞くより早く足を早めた。
その後を小走りに、仕事用のハイヒールで追う。

こういう時こそ踵のない靴を履いてこればよかった、と思う。
急だったとはいえ思い至らないなんて、なんて間の抜けた…。
足がもつれないよう気にしながら急ぐとどうしたって心許ないし、ここで転んだりしたら目も当てられない。
それでも急がないと間に合わないのなら、周助の後を精一杯早足でついていった。

時間が気になる。
今、国光はどこにいるんだろう?

まだ見えない国光の姿を思って走る足はやっぱり頼りなくて、本当に間に合うか不安になってしまう。
ロビーの床は滑りもよく、そんな不安を助長して。

「あっ…!」

次の瞬間、縺れてた足にバランスを崩し、派手に転んでしまった。
反動で投げ出したバッグと、転んで脱げたハイヒールと。

「大丈夫?」

周助がすぐに手を伸ばして拾ってくれたけれど、気が気じゃない。
きっともう本当にギリギリなんだろう時間の方が気になって、周助の手を借り、すぐに歩き出す。
そんな余裕のない時に限って、どうしてだろう?
足首のあたりに覚える、鈍い痛み。

「…っ、」
「どうした?」
「くじいた…みたい…。」

私の声を受けて、周助は腕時計を確かめて。

不意にエアラインの搭乗アナウンスが耳を突いた。

それが国光の搭乗予定の便なのか、わからない。
聞き分けようとする周助の表情も固くて、自然と視線は足元へ落ちる。

───もう、間に合わない…?

!」

直後、聞き違えるはずのない、私を焦がす声が耳に届いた。
弾かれたようにそちらを見れば、そこには世界中で一番愛しい人の姿。

「国光!」

人目も気にせず声に出して名前を呼び、少しの距離を駆け出す。
くじいた足が鈍く痛んだけれど、気にしていられない。
周助が見てるとか、人がいるとか。
それさえどうでもいいと思うほど夢中で走って、私は国光に飛びついた。
勢いにまかせて飛び込んだ彼の胸から伝わる衝撃は痛いほど。
首に回した手で確かめるように抱きしめれば、感じる切なさに胸が苦しくなって、思わず深い吐息がこぼれた。
そんな私を国光はしっかりと抱きとめて。

…」


愛おしむように耳元に唇を寄せ、切なげに声を詰まらせる。
その声がとても甘いのは気のせいじゃないわ。

、愛してる。」
「愛してるわ…国光。」

互いの耳に寄せた唇で流し込む言葉を体ごと、私たちは抱き締めあった。深い吐息と一緒に。

「もう二度とこんな思いはさせない。」
「うん…うん、」
「君だけに永遠を誓う。」

愛しげに耳を伝う彼の気持ちに嘘はないと、心から信じられる。そして私の気持ちも全部。

「不二。」

不意に耳を離れた唇が周助を呼んで。
踵を返そうとしていた彼は、ゆっくりとこちらへ向き直った。

「大切にする。誰よりも幸せすると、お前に誓おう。」

すぐそばで聴こえた国光の言葉を受けて、周助の顔が一度深く頷く。

さん、ドイツに行く時はイエナの光学博物館に出向くといいよ。あそこにはカール・ツァイスレンズ使用で現存する、世界最古のツァイスプラネタリウムがある。投影機は新しいらしいけど、綺麗だ。お土産には、ツァイスの万華鏡を。」

うっすらと微笑んだ彼の背中が小さくなっていく。

「ありがとう…」

そのシルエットに呟いた後、 また涙が一つこぼれた。けれど、国光の大きな手が頬を包んで胸へ埋めさせてくれたお陰で、それ以上足元に落ちなかった。
きっと、これからの私も同じ。

国光が永遠を誓ってくれたように、私もそう誓えるから。

「愛してるわ。」

何度でも声にして。
私達が尽きない証しにしよう。




FIN


 ←back This Text Menu Back stage