今年が冷夏やて言うたんは誰や───
エアコンの壊れた真夏の部屋がこんなに気持ち悪いなんて知らなかった。
ベッドに寝そべってキャミソールの裾を後ろ手に扇ぐ の横で、俺はアルトサックスのキィを押さえる。
掠れた音が、暑さのこもる部屋に幾度となく響くのを、 たいして気にしないにはきっと、食べ始めたばかりのソーダー・バーの方が大切。
「侑士、」
その声に続くのは、きっと素っ気無い言葉で。
「私、ソプラノが好き。」
───ほらな。やっぱりそうや。
細い声は割と繊細なのに、の話す言葉はいつも短くて素っ気無い。
───せやけど、それがな訳やし?
シャリシャリと涼しそうな音をさせながら独り言のように話した声も言葉も、嫌いじゃない。
「がサックス吹いてくれて言うたんやん。」
だから頓着なく、そして同じようにさらりと、そちらに向けて声を返す。と、 は、緩慢な動きで俺の方へ体を動かした。
「アルトって言ってないよ、たぶん。それに去年のことだし。」
「そうやったか?忘れてしもたわ。」
「うん、それぐらいでちょうど良いお願いだったから。」
するりと脇から入り込んだ手を眠い目で見遣れば、白い指に水色がしたたって、なんとなく海に行こうかなんて思ってみる。
「なあ、。
海、行かへん?」
こんなヒネリのない思い付きにもなら気軽に応じてくれる筈だ。
「海?…うーん。
見るの?泳ぐの?」
「どっちでも。」
ちょっと考え込む様子で、ソーダ・バーを口に銜えたまま彼女は動きを止めた。
その髪を撫でるのが結構心地良かったりすれば、無意識に伸びた手でさらさらと梳く。
その、柔らかい髪を梳くのが心地良いと感じるようになったのは、いつ頃からだろう?
もうずっと以前からこうして互いの家を、あるいは部屋を行き来するようになったとの距離感そのままだと───
「日焼け止め、塗ってくれるなら泳ぐ方。」
髪の流れに呼応するように、はいつもと同じく、くすぐったそうに首をすくめながら話す。
こういう反応さえ意識しないでいいからなんだと、さらさら流れる髪を見ながらなんとなく思った。
「面倒やなぁ。」
「じゃ、見る方。」
「いや、ええで?泳ぐんで。」
「そ? それなら水着を取りに一度家へ帰らなくちゃ。」
くるんと身体を仰向けにして、引き上げてくれと言わんばかりにほっそりした腕を俺に差し出した の手には、ひと欠片残ったソーダ・バー。
腕を緩く掴み、その水色を唇で取って口に含んでから。
「あ…。最後の一口、残しておいたのに。」
わざと大袈裟に零してみせた をゆっくり引っ張り上げ、あやすように頭を撫でる。
「海いったら買うてやるから。」
「ホント?…じゃあ今度はカルピス。」
「ああ、あったらな。」
強いだけの脳天気な日差しと茹だる気温にどれだけ辟易しているか忘れて出た外は、ドアを開けただけで気力を奪ってしまったけれど、それでも満更じゃないなんて思うのはどうしてだろう?
その日の午後は、ただ暑い外気が止まるところを知らず、不快指数を上げ続けた。
俺たちはまだ、恋さえ知らない。