Kinari

恋愛途上─幼馴染み、夏
真田 (girl's eye)





「石…?」

部屋で本を読んでいた夕食後、この夏休みに柳くんと沖縄へ行った弦一郎がお土産を持ってきてくれた。
上がってもらった部屋で手渡された小さな巾着袋の中には、掌半分ぐらいの石。
この、左の掌に乗せたこの茶色の石に、取り立てて変わった様子は見受けない。
部屋の明かりを微かに集めた表面の様子から、普通の石よりちょっと丸っぽくてつるんとしてるかな…?という感じを受けるぐらい。
特別なところで採った石なのか、それとも別の何かがあるのか良く分からなくて、テーブルのコーナーを左に挟んだ彼へゆるゆると視線を送る。

「耳のそばで振ってみろ。」

私の疑問を受けたらしい弦一郎は石を見て、促すようにまた私を見た。
不思議に思いながらも言われた通り、右手で取って右の耳元へ寄せ、小刻みに振って。

「あ、音がする。」

耳に小さく響いたのは、コロコロカラカラ、そんな感じの乾いた音。
木製の鈴の音を幾らか硬くしたような音で、ひっそりと控えめな印象は石が囁いてるみたいに聞こえる。
笑っているようにも思えるし、なんだか可愛い。
自然と口元に浮かんだ笑みを弦一郎へ向けて、その目元にもうっすらと笑みが浮かんだ。

「鈴石と言って、西表島で採れる石だ。」
「鈴石? 初めて聞いた…。」
「ああ、俺も向こうに行って知った。
 土産物屋では人気があるらしいがな。」

そう答えたすぐ後、彼は焦ったように「いや、」と言葉を継ぐ。

「それは買った物ではないぞ。
 島の人に頼んで採らせてもらったんだ。」

そして石を耳に寄せたままの私から慌てて視線を外す弦一郎。
少しぎこちない印象は、どこか気まずそう。
私としては彼が自分で採ってくれたものだと聞いて嬉しくない筈がないし、買ったものよりずっと素敵だと思うけど、彼にしてみれば何か気まずいことがあるのかも知れない。
それが何かは分からなくても、嬉しい気持ちを伝えたら彼も喜んでくれるような気がして、口を開きかけ。

「その、あれだ…。味気ない…だろう…。」

ありがとうと言いかけた私の声より早く、やっぱり気まずさを残したままの声が部屋に響いた。
外した視線も上がらないし、何となく不自然な印象を抱く。
それ以上に、何のことを言っているのかいまいち推し量れない。
耳元で小さく鳴らす鈴石が囁く、微かな気掛かり。

「味気…ない?」
「土産、だからな…。お前への。」

外した視線を上げずに続けた弦一郎の様子や言葉から、彼が何をそこに含めたのか、ぼんやりと感受した。

私だから、自分で採った物をお土産にしてくれたんだ。

そんな風に思うのは、弦一郎が好きだから希望的な意味も多く含まれているのは確かで。
でも、なんとなく間違っていないような気がする。
じゃあ、ここで好きだって言っちゃっても、いい?って。
だってそれは“私だから”と“弦一郎だから”が、一緒ってことだと思うから…。

今年のバレンタインだってまた何も言えなかったんだし、いつまで幼馴染みなのか気になって仕方がないなら、そろそろちゃんと言いたい。
それにもし玉砕だったとしても、伝えるだけなら彼も聞いてくれる筈。きっと。
今なら言える、そう思えるぐらいその一言が嬉しかった。

もう一度小さく振って鳴らす、コロコロとした可愛い音に勇気付けてもらって、精一杯気持ちを奮い起こす。ちょっと背筋を伸ばし気味にそちらへ向き、きちんと彼を捉え直した。

「弦一郎、ありがとう。すごく嬉しい。」

私の声に目を上げた彼へ、今こそちゃんと言おう─────

「私、弦、一郎の…」

あれ…? なんだか上手く…

「…の、こと…」

少し伺う様子で私を見る彼の視線が痛くて、言葉ももつれる。
膝の上に右手を下ろし、持った鈴石をきゅっと握り込んで。

「あの、す…、す……」

今なら言えると思った一言は、まるで声になることを嫌がっているように喉の奥に留まったまま。

「す……」

どうしよう。
弦一郎の表情がどんどん険しくなっていく。
心臓もドキドキを音を速めるばかりで、息まで上がりそう。

「……ちょっと、待って。」

一旦呼吸を整えようと胸の前に左手を出し、苦笑しがちに小さく広げた。
あまりに不自然だと分かっていながらそのまま勢い良く下を向く。

駄目、やっぱり怖い。

大きく眉を顰めたそんな顔を見たら、不安が膨らんでこれ以上無理な気がしてしまう。
幼馴染みの関係さえ壊れちゃうんじゃないかと、そこまで思うぐらい、もういっぱいいっぱい。
たった一言「好き」というだけでこんなに上がっていたら、きっといつまで経っても言えない…そう思うけれど、今回もやっぱり難しい。
泣きそうな気持ちで緩慢に視線を上れば、何かを危ぶんだ鋭いその目としっかりかち合って、反射的に首をふるふると横に振った。

「なんでもない、ごめんなさい。」

一瞬、弦一郎の目が少しほっとしたように見えたのは、気のせいかな…

「いや、。多分、謝らなきゃならんのは俺の方だ。」

後を追って聴こえた静かな声は、壊れそうなほど心拍数の上がっている今の私に不思議な響きを届ける。
意味まで汲み取れないのは今回も伝えられなかった口惜しさからで、入れ替わりのように下を向いた項垂れがちな彼の「すまない…」という呟きだけ、妙にしっとりと耳に溶けていく。

「どうして? 弦一郎は何も…」

弦一郎が謝らなきゃいけないことなんてないのに…。
そんな気持ちを口にしようとした時、真っ直ぐな黒髪がさらりと揺れた。

「そう遠くない将来、必ず。」

─────え?

「げ…んいちろう…?」

きょとんとしがちに目をしぱしぱさせると、私を見詰めた彼はその表情を急にはっとしたものに変え、目を逸らしたのと同時に勢い良く立ち上がる。

「っ、どうしたの?」
「もう帰る。土産を渡すだけだったのに長居をしてしまった。」
「長居ってほどじゃ…」

私の声を聞くより先にドアへ足を向けて強い動きでノブを引き、弦一郎は振り返らずに出ていってしまった。

急にどうしちゃったんだろう。

何がどうなってるのか全然飲み込めない。
軽く混乱して、その後を追うこともせずにドアの閉まる音を聞く私。
そしてすぐ後、お母さんに挨拶をする声がいつもより大きい調子で耳に届く。

あ、お見送り、しなくちゃ。

やっぱり分からないまま、おずおずと立ち上がって玄関に向かった。けれど。

「弦一郎、早いよ…。」

もう出ていってしまったその背中に、ひっそり呟いて。

───そう遠くない将来、必ず。

思い浮かべる広い背中とさっきの言葉を抱き締めるように反芻する。
それはどことなく淡い色を帯びて、あたたかい。
耳元で鳴らした小さな鈴石の音もそう。
あたたかくて、とても優しい。

その言葉や音に、今度も言えなかった一言をそっと呟いた。


好き、大好き。