国光の家の、今年になる前に咲いた柊の白い花が、今日全部落ちたことを聞いた。
金木犀と同じ種類なら、花はとてもとても小さくて香りも清々しく、クリスマスに活躍するそれとは違って紫色の実を結ぶ。
あまりに小さい花で咲き始めの頃には気付かないけれど、しばらくすれば香りで咲いたことを教えてくれる控えめな感じが、私はとても好き。
だから、私達以外は誰もいない国光の家で、庭の上に降り落ちた沢山の白い色を見る今、すこし寂しい気持ちになる。
「雪のようだな。」
縁側に並んで座った国光の声が同じように聴こえるのは、消える時を待つこの花と香りが惜しいから。
「もうすぐ全部消えちゃうのね…」
ぽつりと呟くと、おもむろに立ち上がった国光は敷き詰めたようなそこへ手を伸し、掌に取った小さな花の粒を差し出した。
「香りはまだしばらく残る。」
「うん…」
彼の掌から移してもらった白が、私の掌に三つ。
落ちたばかりの瑞々しさを持って、“忘れないで”と香りで囁く。
そんな、花を落としてさえ儚げでいじらしい柊に、心は小さく哭いて。
好きなら消えて欲しくない。
好きだから手放したくない。
好きって、こんなに切ない…
改めて知った感情の機微が、とても純粋に思えた。
「、」
大好きな国光の声はいつもより柔らかく、微かに甘く、耳の中で溶けていく。
「すこし持って帰るか?」
「いいの?」
「ああ、構わない。」
小さく頷いて返す彼が、この声が、もし私から消えたら私はどうなるだろう?
「ありがとう。」
顔をゆるくそちらに向けて答えた私の声まで切ない気がして、彼がここにいることを確かめたくなってしまう。
庭先を抜けていく風は季節に沿って冷たい。
冷たくて寂しくて、こんな風が心にも吹くことを想像すると、本当に悲しくなる。
それなら、消えてしまう花と香りと。
たとえ幼馴染みのままでも私達がそうならないことを想って。
「国光、」
───すこし感傷的になっても許して?
きっと容れ物を取りに行こうとして縁側に手をついた彼にもういちど目を向け、その肩へゆるく手を掛けた。
一瞬視線の合った瞳が理由を訊くより早く、そのまま頬を寄せる。
「ちょっとの間、こうしていて…」
深く預け直した肩の無駄のない感触で国光がここにいることを確かめれば、心は静かに形を整えていく。
ゆるくこちらを見たその気配も、無言でそっと頭に触れた手も全部、全部大切で痛いぐらい好き。
優しく肩へ下りた国光の手からは、柊の花の香り。
その香りと薄く伝わる彼の体温を抱き締めるように、そっと目を閉じた。